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胃カメラヴァージンをすてた

職場から人間ドックを受けろといわれて、しぶしぶ受診してきた。

いくばくかの補助が出るものだから、受けてもまったく損はないのだけれども、それでも病院へゆくことそのものへの心理的ハードルは高く、いつも後まわしにしてしまう。年度内に受けなければどうなるかわかっているなと脅されて、都内某所の健診センターへ赴いたのは2月も半ばのこと。前日まで4泊5日、風呂に入って眠る時間以外は全部仕事だというハードな出張(業界ではそれを修学旅行引率とよぶ)を終えて、その次の日である。

健診といえば身体の内部の写真や映像をとられ、血までぬかれる。基本的には恥ずかしいものである。ローションをつけたこけし様のものをぐりぐりと腹にねじこまれ(超音波エコー検査)たり、暗所で瞳孔の開ききった眼にフラッシュを当てられ(眼底検査)たりする。最も凶悪なのは消化器検査でバリウムをのんで、造影剤のはりついた胃と食道をX線で撮るやつ(消化器X線)だ。発泡剤でふくれた胃の壁に、ゴロゴロと転がりながら造影剤をつける行為は、とても正気の大人にやらせることとは思えない。指示されるままに転がり、さかさまになる。こみあげてくる噯気を我慢しながら、ごろごろさかさま、ごろごろさかさまである。指示をするオペレーターの声がいつも半笑いにきこえるのも堪えがたい。撮影後には下剤をわたされ、街中でいつ尊厳を失うかと怯えながら、つねにトイレの心配をして過ごさねばならない。しかも便所へ入ったら最後、バリウムを含んだ白い便がぴゅるぴゅるとでるのである。便通のありさまを描写するとき、ぴゅるぴゅるほど情けない擬音はない。勢いもまとまりもない、出さねば腸閉塞になるという義務感だけで放出する便の音である。健診に行きたくない気持ちの8割くらいはこれのせいだ。

そんなときに、同僚から「経鼻内視鏡というものがある」ときいた。ようするに鼻からカメラの管を通すということなのだ。そしてこれがなかなか悪くないという。しかし、あまり大変なようではいけない。吐気を催しオエオエしてしまえば、尊厳が保たれないことにかわりはない。白いうんこをするか、透明のゲロにむせるかの違いでしかない。ただ、きくところによれば鼻から入れるのは細い管であり、口から入れるよりはだいぶ楽だという。なおかつ、麻酔のジェルもあるらしい。これは僥倖である、今こそ胃カメラヴァージンを喪失するときだ。

さて、当日。カメラを入れるまでに行う、通常の人間ドック健診はスムーズだった。カメラ以外のすべてが済んで30分ほど待つと、施術室に通される。

いよいよだとイレギュラーな状況に意気ごむわたしに対して、看護師さんたちは日常業務である。無感動かつ事務的に、鼻腔拡張のための薬を鼻腔にスプレーされる。「にがいですよー、けれども飲んでしまっても大丈夫なクスリですー」との声かけとともに左右とも2プッシュずつくらい。5分経ったら、こんどは甘い匂いのする麻酔ジェリーを鼻からすすれといわれて、ズルズルルズルっと吸いこむ。そして真打である医師が登場すると、あとは事務的にカメラの管をねじ込まれたり、胃の中に水をまかれたりする。遠くをぼんやり見ていろ、焦点を合わせず楽にしろと、管が動くたびにむせそうになる背中を看護師にさすられ(感情のない手つきであっても、いたわられている事実が尊厳を守ってくれる)ながら、コトが済むのをひたすらに待つ。触手に蹂躙される女騎士の心情はこのようなものだろうかと、事後となった今なら思うのだが、それも「人は自分の意思ではどうにもならないことを悟ると、感情をOFFにするしかない」という実感に拠っている。

そうして、感情OFFのままで過ごす数分が終わり、管が抜かれる。瞬間、今までの自分とは違うような妙な解放感があった。自分の胃には悪いところがない、きれいなものだといわれた安堵と、もう1年くらいはこの管を呑まなくてもいいという安堵、ふたつの安堵がじぶんの心を軽くした。おまけにバリウムの後とは違って、トイレの心配もいらず、食い物や飲み物の遠慮もいらない。健診からの解放と同時に、無限の自由があたえられる。そんな気がしたのだ。

あとはもう、あっけなかった。健診センターを出てまもなく、じぶんは街に溶けこんでいた。昼食にとったうどんが食道を抜けて胃に入るときにも、違和感を覚えることはなかった。日常の食事、日常の生活がすぐに戻ってくる。ついさっきまで、幻想世界で回復の得意なスライムの触手に胃の中を蹂躙されていた気がするのに、いまは自分の意思で飲みこむ現実のうどんがスムーズに食道を流れていく。バリウムのときには、非日常を身にはりつけたまま街に蹴りだされるような気がしたものだが、胃カメラのあとはまったく違う。多くの人々がこの日常になんの引っかかりも抱かないのと同じように、わたしも抵抗なく日常へ合流できてしまったのだ。