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シリコンちくわは、二次元とのチャネルとなるか

 きょうのエントリは遠慮会釈ない100%エロ、ヘテロセクシュアルの男性向けネタです。

 そのようなネタがお嫌いな方は、この下につらなるテクストは読まないでください。警告しましたからね。

 

 

 

 


 理解されないことを承知でいうけれども、基本的に視覚的な刺激という点においては二次元と三次元との間で差がないと考えている。その両者は脳みそのなかに描かれる像として、大きな違いはない。人間はまだ深層の部分では、線と面だけで構成された図像と、実際この世界に物理的延長を持っている像との区別がついていないと考えている。

 だから、まだまだ「便利」になりきれないぼくらは、簡単に偽画像や偽動画の類に騙されてしまう。一定程度のリテラシーをもっている人でさえ、瞬時にそのフェイクを見破れるかといえば、それなりの時間と準備、心構えが必要だろう。ゆえに、二次元と三次元との間には、その像を所持する者が、自らの肉体を用いてそれと接触できるか否か、あるいは接触しているという感覚を得られるか否か、それだけの違いしかないのだとぼくには思える。(それは、さほど大きな差とは思われない)

 さて、現代日本における性的な欲望は、物神崇拝の側面が強い。◯◯モノというジャンル分けが成立するのは、現代日本人(特に男性)の性的欲求がモノを欲望することと相似形になっているからではないかと、自分自身の性的な欲望と向き合うたびに思う。無論、そのままでいるのは倫理的ではない。その非倫理性を理解するのは容易であり、なんの罪悪感もなしにそこへ留まりつづけることは当然できないわけだが。

 けれども、一方でこのようにも思う。「崇拝」の対象と物理的な接触が可能になれば、すなわち二次元にいるキャラクターと三次元にいる自分とを物理的につなぐチャネルがあれば、所有の対象という感覚は薄くなり、少なくとも脳みそが知覚する情報のレベルでは次元の壁をのりこえることができるのではないかと。「普通」の関係を二次元とも取り結べるのではないかと。

 崇拝と所有欲の混じる実質を伴わないゆえに永遠に満足できない関係から、手ごたえのある関係へ変化する可能性が見出せるのではないか。

 視覚的にはVR技術の発達によって、没入型AV(オーディオヴィジュアルでも違う意味でも大差はない)はまもなく達成されるだろう。だからこそ、画面と実際の肉体とをつなぐ回路が求められる。その夢のトンネルはどこにあるのだろう。

 


 勘のいいあなたにはわかるだろう。

 そう。そのトンネルは、シリコンでできている。

 


 日本のものづくりの技術は、この世界に遍在している。それはエロ界隈においても例外ではない。日本を中心に、世界ではさまざまな形状や構造をもったシリコン製のトンネルが日夜開発、生産されているのである。


【以下、18禁につき閲覧注意】

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 われわれは、自分の肉体をこえられない。

 この肉体があることを基礎に思考をするわけで、そこから逃れることはできない。

 二次元世界へ、三次元の肉体を持った自分が移動することは不可能である。これは厳然たる事実である。

 しかしながら、道具を用いることになったとしても、自らの肉体に備えられた感覚を拡張することによって、その肉体の射程を二次元方向へ伸ばすことができれば、もしかしたら、三次元の肉体を持ちながらにして、感覚を二次元と連結したり融合したりすることができるかもしれない。

 


 だから、ぼくは信じよう。

 シリコンちくわは、二次元と三次元の自分とをつなぐ回路になりうると。