残業手当はありません

気が向いたときに、ぼんやりとエントリするブログです。Twitterで書き切れないことを書きつける場所にしています。

胃カメラヴァージンをすてた

職場から人間ドックを受けろといわれて、しぶしぶ受診してきた。 いくばくかの補助が出るものだから、受けてもまったく損はないのだけれども、それでも病院へゆくことそのものへの心理的ハードルは高く、いつも後まわしにしてしまう。年度内に受けなければど…

いつまでも同じではないのだ

12月の中旬から年始まで、ひどい胃腸炎に苦しんでいた。 いまも後遺症ではないけれど、すこしおなかがゆるいままである。簡単にもとどおりになるというわけでなく、食べたり飲んだりする量も、以前のように無理がきくようになるには、まだ時間がかかりそうで…

2023年もまた、記憶のないままにすぎていった

結局、ぜんぜんブログも書けないままに暮れてゆくのである。どんどん心の余裕がうしなわれて、日常に流されてゆく。そうしているうちに、まとまった思考もないままに一年を終えてしまう。これから綴ろうとすることも散文的で断片的なものになろうけれども、…

2022年、ひたすらにやりすごしていた

1月から3月まではすごく穏やかだったんですよ。2月にスタァライトのオケコンがあって、3月もチネチッタでスタァライトのLIVE ZOUND ハードコア上映があって、今年もじんわりとスタァライトに灼かれながらやっていこうと思っていたんですよ。けれども、列車が…

今年も無事でなにより(第67回有馬記念のこと)

メインスタンドが西から射してくるはずの陽の光を完全に遮ってしまう。 だから、冬の午後の中山競馬場はとにかく寒い。特に12月は日没が早くて、直線はいつも薄暗い。重たい雲が空を覆うようならば、いまにも闇に包まれるのではないかというほどだ。当然、照…

世代交代しましょうか(第89回東京優駿のこと)

世代交代は望みのとおりに起こるわけではない。むしろ真正面から望まれて成功することは稀で、ほとんどの場合は水面下で進行して、いつのまにか交代させられているのである。われわれの目に映るときにはすでに終わっていて、あとからそこが時機だったのだと…

現場で空間に干渉する意志(第83回優駿牝馬・オークスのこと)

2019年の有馬記念以来、例の騒ぎのせいで競馬場へ行っていなかった。正確にいえば、ずっと入れなかった。かといって競馬場へどうしても入りたかったかと問われると、そうだといえるのは八大競走とジャパンカップくらいのもので、しかも、厳しい抽選を突破し…

好機にひるむな(第165回天皇賞のこと)

あと少しで何事かが成就するというときになって、人はなぜか臆病になることがある。一度こえてしまえば大したことのない重圧だが、それまでにささやかでも成功の体験がないと、そこで立ちすくんでしまうのだ。 そうして好機を前にして怯み、手に入れてしかる…

秩序を与えよ(第82回皐月賞のこと)

桜花賞からの1週間はとにかく長かった。 授業が始まった途端に学校に出てこられなくなった先生があったり、例のはやり病の影響があったりで、対応に追われててんやわんやになってしまった。 これまでとにかく軽薄に、とにかく無責任に生きようと心がけてきた…

優等生とスーパーナチュラル、あるいは才能のきらめきとは(第82回桜花賞のこと)

2年連続で 高校1年の担任をしている。生徒の入学後から大型連休までは、とにかく休む間がない。高2、高3の担任がゆるゆると教室や授業の準備をしているときに、背中にロケットをくくりつけられて発射されるように強制的に動かされている感じがする。2年連続…

2021年は舞台少女のキラメキに灼かれた

劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト 小山百代 Amazon 劇場版「少女☆歌劇レヴュースタァライト」Blu-ray 小山百代 Amazon わたしの2021年は「劇場版少女⭐︎歌劇レヴュースタァライト」の年でした。オリンピックとかそもそも全然観ていないし、メダルがどう…

お前は種牡馬になるんだ(第66回有馬記念のこと)

ダービーと有馬記念は特別なレースだ。毎年、競馬の周りにいるみんなが願いをかける競走だと思う。ダービーが前年6月の新馬戦からの一年間を振り返って自分の願いと再び向き合うものならば、有馬記念は金杯からの自分を振り返って願いおさめをするものであろ…

力の証明を求められるとき(第164回天皇賞のこと)

選挙の朝は、祭のあとである。駅の前やら通りやらで、やかましく声をはりあげていた人たちが嘘のように消え、静かないつもの日曜の朝がくる。選挙と深くかかわれば、残り火のように胸にのこる興奮をもって投票所へむかうのかもしれないが、そこまでの熱量を…

人間は3ヶ月で他人にもどる。

仕事を休んだ。いまの仕事をするようになってから、このままではこころがこわれるからと予防的に休んだのは初めてかもしれない。少なくとも記憶にはない。(とはいえ自分の記憶などあてにならず、都合よく改変しているものだから、そうと意識していなくても…

未踏の場所へ(第82回菊花賞のこと)

目覚めのコーヒーをあたたかいものに変えた。夜明けは遅くなり、昼は短くなる。寒く暗い部屋でむかえる朝は憂鬱をはこんでくる。これはよくない兆しだ。過去へ思考が押しながされて脚が前へでなくなる。そうなる前にコーヒーをもうひと口のんでカーテンをあ…

その馬には使命がある(第88回東京優駿・日本ダービーの展望)

ダービーに集う馬たちは、なにかしらの使命を与えられてやってくるものだ。それにかかわる人の思い、馬自身のもつ血の因縁、同世代の馬たちの間で生じるライバル性、さまざまな物語が積みかさねられてきた。そして今年も、新たなストーリーが紡ぎだされよう…

信用や信頼が役に立たない世界だが(第82回優駿牝馬・オークスの展望)

賭事にあたるとき、律儀さはなんの役にも立たない。賭事は基本的に他人を養分にしなければ勝てないのだから、いかにして他人の期待を裏切り、他人の認識と自分の(あるいは自分に与する者たちの)認識とのズレを生み出すかにかかっている。裏切りが深ければ…

逃げだしてしまいたいと思ったら、もう逃げていた

嫌なことや考えたくないことがあると、とにかく家や職場から離れてひとりになろうとする癖がある。それがかなわないときは、風呂にこもる、便所にこもるなど、とにかく生活から自分を切り離す。物理的に日常をやれないようにするのだ。 日常をやると、生活を…

それでも枯れたくないという思い

早く「枯れたい」と言う人がいた。さまざまな欲望に、とくに40歳をすぎて性欲に悩まされるのはいやだと、しみじみいうのだ。当時20代だった私には、まったく理解ができなくて、むしろ枯れてしまったなら、じぶんを前に進める動力は何なのだろうと思った。 け…

豪州的、あまりに豪州的な(第163回天皇賞の展望)

阪神競馬は、オセアニアである。あるいは、香港だといってもいい。特に内回りコースはその傾向が強い。 大阪杯、宝塚記念の好走馬に香港やオセアニアでの活躍馬が多くみられることが、その証明となるだろう。また、阪神の芝短距離におけるデインヒルの影響力…

速さと早さのバランス(第81回皐月賞の展望)

皐月賞で求められるのは、完成度と爆発力のバランスだろう。牡馬クラシックの一冠目、そして小回りで直線の短い中山2000mコースということもあって、ある程度の完成度と操縦性がないと不安である。操縦性に欠く場合にはそれを補うだけの力、終盤に力強く抜け…

光る未来のヒロインへ(第81回桜花賞の展望)

わたしは古い価値観から抜け出せないものだから、どれほどGIが増えても、やはり八大競走こそ至高なのだと思う。3月にGIが移されたり作られたりしても、やはり桜花賞がはじまりだと感じる。 そもそも、すべての競走馬は母馬からはじまるのである。いうまでも…

才能について

あまり多くの人に読まれない媒体へ卒業のはなむけに文章を寄せたので、ここにも載せておく。 多くの人々は早熟の才能の、そのまぶしいほどの輝きを歓迎する。 若くして完成されたその姿から、彼や彼女の力が天より与えられたものであると確信するからだろう…

たまには、せんせいをしようと思った。

米国大統領選をみていて、思うところがあったのでホームルームでこんなことを話してみた。 想像してみてほしいのですが、朝のホームルームでパンパンにふくらんだ風船をひとつと、先がピンととがるまで削られた新品の鉛筆をいっぽん、全員が渡されたとします…

来るべき、黄金旅程の完成(第81回菊花賞のこと)

11月の菊花賞が好きだった。晴れていても寂しく、雲が出ればうす暗い、冬の訪れさえ感じさせるような冷たい風の吹く淀こそ、菊花賞にふさわしいと思う。 今年の菊花賞はそれに近い。10月25日という現行の番組では最も深い位置になるだろうか。低い位置からさ…

このすばらしい世界に祝福を

ちょうどいいくもり空は、今年のダービーの気分に似合っていると思う。 震災の年のダービーは、大雨だった。ぬかるむ馬場でどろどろになりながら、オルフェーヴルが三冠を予感させる圧倒的な強さをみせた。彼の強さは、ヴィクトワールピサとトランセンドがド…

新型コロナウイルス感染拡大のなかで思うこと

また、限られた人たちにメッセージをおくらなければならなくなった。 一刻も早く、平穏な世界が戻ることを願いつつ、新型ウイルス騒動のありさまを書きとめておく意味もふくませつつ、ここに残しておく。 ごきげんよう、みなさん。心地よい風の吹く初夏をむ…

鎮静剤としての競馬

正気を失いそうでいてギリギリ発狂せずにいられるのは、毎週の競馬があるからだと思っている。競馬場に行くことはかなわないけれども、かろうじてでも桜花賞が行われ、皐月賞も施行される流れであることに安堵している。 ふたつのレースは競馬ファンが晩春を…

新型ウイルスによる休業にあたって

ごく限られた人々にメッセージを発信した。 コロナウイルスによる災厄があったという記録のために、ここにもアップロードしておく。 いま、夜9時のニュースをみながらこれを書いています。2020年4月7日の夜です。テレビの中の人は、日本語によく似た…

有馬記念は別れの隠喩である

ダービーと並ぶ、日本競馬界最大の祭りである有馬記念。しかし、ダービーの祝祭性とくらべると、有馬記念は少し寂しい。年の暮れに行われることと、これを最後に引退する馬も多いことが、なんとなく物悲しい気分をつくるのかもしれない。 ダービーは、よく集…