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もうすこし複雑にできている

 あるところで、餞のことばを述べることになった。しかし、まとまりのないことになってしまったので、伝えようと考えていたことをあらためてここに書きしるしておく。

 

 

 いま、早熟の天才がもてはやされる傾向があります。将棋の藤井聡太六段に代表されるように、若くすぐれた才能に対してそそがれるまなざしは、とても熱いものです。しかし、早熟であることは本来、相対的な優位であり、それが価値のすべてではありません。

 人間の才能は、それぞれに開花する時期が違っています。大器晩成というように、大きな才能ほど、完成したり発見されたりするのに時間がかかるということもあります。そして、多くの人はそのことを実感的にわかっているのです。それにもかかわらず、学校の先生や親が「勉強しろ」と責めたてたり、部活の顧問やコーチが「練習しろ」と強いたりするのはどうしてでしょうか。「早く大人になれ」とか「自立しろ」と急きたてるのはどうしてでしょうか。

 ものごとに打ちこむ人はときに、自分には才能がないのではなかろうか、あるいは力が落ちてしまったのではなかろうかという不安におそわれます。いわゆるスランプ状態です。不調がつづくと、これまで取り組んでいたものごとを投げ出したくなったり、逃げ出したくなったりします。しかしながら、そこでやめてしまうと、いよいよ対局終了、試合終了ということになってしまいます。一度とまってしまえば、あとからチャンスの順番がめぐってきても、あるいは勝機が見出せたとしても、それをものにするだけの準備がなくて、せっかくの好機をふいにしてしまうことでしょう。

 だから、目にみえる結果や成果が得られなくても、努力や準備をやめるべきではないのです。なかなか突破口が見出せなくても、備えをして待ち続けることで得られるものがあると経験的に知られているから、やめないように強く促すのです。みなさんの保護者や教員がときにねじれた言動でみなさんに接するのは、このような事情からです。

 

 もとより、人間は本来の思いとは裏腹な言動をすることがあります。嫌いといいながら愛している。好きといいながら遠ざける。かくも人心とは複雑なものです。そういうものに従ってうごく人間たちのつくる社会、みている世界が単純なものであるはずはないのです。

 それにもかかわらず、われわれは目にみえてわかるものにとらわれがちです。あるいはわかりやすい、単純なものにこころをよせる傾向にある。正義とはプレーンでクリアーなものだと信じられている。早熟の天才に心をよせるのも、そういった心性からやってくるものと推測されます。

 しかし、この世界の真実は、複雑なもののなかにこそあるのではないか、わたしはそう思うのです。なにもかもをシンプルにととのえることで、かえって重要なことを見落としているのではないかと疑います。わかりやすいものに幻惑されていないかとおそれるのです。

 少し寄り道して、わたし自身の話をすれば、4年ほど前に上司から「お前は愛がない人間だ」「もっと愛情をもって相手と接しろ」と叱責されたことがあります。このことは、少しトラウマめいた姿をとって、みなさんの前にたつときにはいつも思いおこされます。

 しかし他方で、こういうふうにも思うのです。人間の愛情表現は、発すればすぐに伝わるような単純なものなのかと。あからさまな表現は、ときに仰々しく胡散臭いものになるのではないかと。そんなものでは複雑な内面をいいあてるものにはならない。ひとのこころは織物のように稠密で繊細なものではないのか。ならば、心情の本質をとらえた表現とはそんなに素朴なかたちをとるものではないと思い悩み、うまく自分の愛着や愛情を表現できないままに今日までやってきてしまいました。

 

 話をもどしましょう。早熟の天才と、その周囲にいる人がかかえる問題もそこにあるのです。早熟の者はときになんの苦労もないかのように、みる人を驚かせる華麗な業をします。それは、じつに簡単なことのようにみえてしまう。才能の開花時期をまだむかえていない者はそれに圧倒され、意気消沈してしまいます。早熟の者のようにできない自分は無価値な存在なのだ、そう思いこんでしまうのです。

 しかし、先ほどの話をくりかえせば、物事の結果や成果は、あるいはその人間の価値は、才能の有無などという単純なものに還元できるはずがないのです。早熟には早熟なりの苦悩があり、晩成には晩成ゆえの焦燥がある。そうして、それぞれのこみいった問題を乗り越えたのちの姿や思いがいま、ここに現前しているだけなのです。

 

 だから、われわれはこらえて、牛のように人生を押しつづけなければならない。

 わかりやすい成果や、あからさまな賞賛に心をうごかしてはならない。

 大きな仕事を成そうとするならば、なおさらのこと。

 チャンスの順番がめぐってくる、自身の才能が発見され開花する、そのときまで。

 

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