メインスタンドが西から射してくるはずの陽の光を完全に遮ってしまう。
だから、冬の午後の中山競馬場はとにかく寒い。特に12月は日没が早くて、直線はいつも薄暗い。重たい雲が空を覆うようならば、いまにも闇に包まれるのではないかというほどだ。当然、照明が焚かれてゴール板がぼんやりと浮かびあがって見える。
有馬記念のスタンドにいると、暗いなかで光を求めるひとの手が、馬場にむかって、走る馬たちにむかって、のばされているように感じることがある。
暗い年だった。戦争がはじまったことはいうまでもなく、地べたの生活をみても、モノの値段が異様なほどにあがったり、そのために食べものの盛りが少なくなり、折角の食事で心をむなしくするほどだった。それでもなんとか今年も暮れてゆく。気持ちが沈むことは数えきれないほどあったが、ここにいたっては一年間無事ならばよかった、そういう気分でもある。(それをいうならば、中山大障害もまたそういうふうに乗り越えてきた一年を振り返るレースなのかもしれない。オジュウチョウサンの競走生活が無事に結ばれたことを、心から祝いたい)
さて、有馬記念の後にやる競馬は、今年のうちに開催されるものだとしても、わたしにとっては来年の競馬である。実質的な意味合いもそうだと思う。中央競馬のしめくくりは、有馬記念のその日だ。
そして、最も救いのないことは、競馬をやる人間は毎週馬をやるのだから、はじまりもおわりもないということである。もっといえば、毎日おわりをむかえているのである。いろいろな意味で。
そうは言うものの、有馬記念である。ダービーと有馬記念はきちんと思いの乗った、気合の乗った馬券を叩きつけていきたい。
◯ボルドグフーシュ
▲タイトルホルダー
単・複 1
馬連ボックス 1,3,13
3連複フォーメーション 1-3,13-5,6,8,9,16
勝負の主導権は常に先行する者にあり、その者が大きな力を持っているならばその優位を簡単に覆すことはできない。外から内側に圧してくるタイトルホルダー、ディープボンドの動きによって赤帽から緑帽までの各馬は厳しいポジション争いをすることになろう。争いに巻きこまれない先行者と、脚質的にポジション争いに参加しないだろう後方勢の2騎を中心にとった。
勝負の綾をなすそれぞれの思いを、一年のおわりに束ねてむすぶものは運命の赤い糸である。