残業手当はありません

気が向いたときに、ぼんやりとエントリするブログです。Twitterで書き切れないことを書きつける場所にしています。

現場で空間に干渉する意志(第83回優駿牝馬・オークスのこと)

 2019年の有馬記念以来、例の騒ぎのせいで競馬場へ行っていなかった。正確にいえば、ずっと入れなかった。かといって競馬場へどうしても入りたかったかと問われると、そうだといえるのは八大競走ジャパンカップくらいのもので、しかも、厳しい抽選を突破しないと入れませんなどというのは、本質と違うだろうと思って行かなかった。(競馬場は賭場なのだから、常にドア全開で「金をむしられにいらっしゃいバカども」とやっているのが正しい。なんで予約までしていかなきゃならんのか)

 とはいえ、指定席だけでなくて入場券の予約もできるというので(文句をいいながらJRAカードはもってるのだ)オークスの日の入場券を今朝申しこんだ。ひさびさの、ちょうど2年半ぶりの競馬場である。現場にいって馬券を買うとまわりの熱気(瘴気か)にとりこまれて、冷静に賭けるのが難しい。オークスの馬券は頭の冷えているうちに仕込んでおく。だから、いってみればスポーツ観戦に行くようなものだ。予約をしろというのだから、こちらの気分もそんなものである。

 もちろん、闘いの場と自分の空間が接することの興奮はある。自分たちの6倍も7倍も重さのある生き物が時速60km/hで走るのをみる素朴な悦び。芝の上を走る馬をはじめて目の当たりにしたときの高揚感は、忘れえぬものだ。そして、その光景を輝かせる競走の深淵をわかりたくて、勉強をして、予想をして、馬券を買うんだろう。(そんな初心も日々の欲望のなかに埋もれていくのだが)


オークスは、信念が試されるレースだと思っている。馬券には何の役にもたたないのだが。けれども、昨年夏の新馬戦からみてきて、この子が桜花賞馬、この子がオークス馬と、思い描いてきたイメージの答えあわせが近づいてくると、ひとは心が浮つく。そして直前に出るさまざまな情報に振りまわされて、枠の並びを最初にみたときイメージしたものと全然違う馬券を買い、負ける。ほとんどの人間は考えても無駄なのだ。才能がないのだから。ならば見落としがないかだけ確認して、1年間みてきたクラシックロードの自分なりの結末を馬券に表現するしかないだろう。


◎アートハウス

◯ベルクレスタ


自力でたどり着いたのはここまで。あとは予想配信者がいるのだから、それぞれの信じる方の買い目を参考にすればよろしいかと。わたしは、忘れな草賞の時点でアートハウスに決めていたので、単勝をがっちり持って観ることにする。川田騎手が言っていることに関係なく、馬が強い。ベルクレスタはずっとうまくいかないレースが続いていた分だけ人気を下げているが、実力はある。オークスは巻き返しの舞台でもあるので、ここでの活躍を願って。


さて、午後は綺麗に晴れるそうですから、日光浴もかねてひさびさの府中へ行きます。そして現地にいるということはしっかり念を送りこめるということです。確実に背中を押してきますよ。みなさまもよい週末を過ごされますよう。ごきげんよう